自粛しろ!って言われると正直、抵抗があるなぁ。
だいたい、自粛って自分がするもので、
少なくとも他人に強制したり、同調圧力をかけるものではないと思ってます。
以下の一個人の意見は、決して読者の皆さんに「こうするべき!」と主張するものではないという前提で読んでくださいね。

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東日本大震災の時も、自粛ムード一色になりましたよね。
当時、神奈川県に住んでいたので、計画停電とかもありました。
テレビのCMも、ACジャパンだらけになりました。


大震災の時は、意味のある自粛と意味のない自粛がごちゃ混ぜになって、
その判断のできない人たちが全て自粛をしろと同調圧力をかけていました。
上の例で言えば、原発の停止で供給が追い付かない中、節電とかは意味のある自粛でした。
だけど、自社のCM枠をACジャパンに組み替えたのは、意味のある自粛だったでしょうか?
よくわからない同調圧力の中、悪影響はないはずだけど自社だけ通常のCMを流すと叩かれそう、
というのが大きな理由だったと思います。
冷静に、本質的に考えれば意味のある事ない事が判断できたので、自分がとる行動にも自信がありました。なので、震災後の自粛ムードの時は、むしろ積極的に贔屓にしている店に出かけたり、人に会ったりしていました。

さて、今回のコロナ禍の自粛はどうでしょうか?
結論から言えば、自分は数日に一度の買い物がてらの散歩以外一切外出していません。
でも、震災自粛ムード時のようなスッキリとした判断のもとにこうした行動に出ているわけではありません。

コロナ感染症という病気を、自分が感染しない、人に感染させないという観点では意味のある自粛だと思います。自分が無症状感染者かもしれないし、それを知る手段がないからです。

でも、コロナに限らず街というか地球上には様々な病原体が屋内外、陸海空問わずごく普通に存在し、わざわざ明文化するまでもなくそのリスクを承知の上で店は営業し、電車は走り、友人を家に招待し、そして人は訪れているはずなんですよね。
私たちは無菌室の中で培養されたハエじゃないんです。

コロナ感染症という病気だけがリスクならば、一個人の考えとして
贔屓の店が開いていていれば、友人が会いたがっていれば行くと思います。

それでもできるだけ家にこもっているのは、感染者が理不尽な社会的制裁を受ける現実があるからです。戦時中における「非国民」、昔で言う「穢多(えた)非人」的な扱いを受けている現実です。
自分がもし無症状感染者で、誰かにうつしてその人が発症したら、社会的制裁を受けるのは発症した人です。そのうつした人がカミさんならケアができますが、その他の人は事実上不可能です。
自分が制裁を受けるのは我慢できても、好きな人が受けるのは我慢できないからです。

こう書くと、冒頭の断りにもかかわらず、結局は店に行ったり人に会いに行ったりすることが非道だって受け取られかねないのがちょっと怖いし、葛藤でもあります。一個人としてはあくまで、会いたい人が待ちわびている以上会いに行くのが本来の人の道だと思います。
しかし、その行動に移せない。むー
文才もないので、どう文字で表現していいのかも分からなくなってきます。でも、こんな短文でスッキリ表現できるものならそもそも葛藤とは言わないということでご容赦を。

少なくとも、自分の行動が最善であるという主張ではないことを理解してください。


早く、こんな見えない暗雲が吹き飛ぶことを祈るばかりです。

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今日はここまで!










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